将棋上達を目指す人のためのブログ

20代になってから勉強を始めて、将棋倶楽部24で六段になった将棋指しが書く

永瀬流”負けない将棋” 実戦に活かせる10のセオリー

全戦型対応版 永瀬流負けない将棋 (マイナビ将棋BOOKS)” を購読しました。中終盤の独特の受けや序盤研究に定評のある”永瀬流”の考え方について、永瀬拓矢七段の実戦棋譜と共に紹介されている1冊です。

この棋書では永瀬さんの指す全戦型(対振り飛車、対居飛車、矢倉、角変わり、相掛かり、横歩取り)の合計28の実戦棋譜について、永瀬さんが各将棋、各局面をどのような考え方で捉え、どのような思考プロセスから指し手の選択をしたのかが、文章でまとめられています。

当記事がピックアップして紹介するのは、実戦で汎用的に活用できそうな考え方(プロのセオリー)です。永瀬さんの将棋における思考プロセスは、”負けない将棋”と言われるだけあって非常に論理的です。その論理的な思考プロセスを支えるセオリーについて、本書から読み解いて整理しました。セオリーをおさえているだけで、実戦対局での状況判断や指し手選択の羅針盤として活用することができると思います。

当記事では計10個のセオリーを紹介します。気になったセオリーがあれば、1度読んでみてください。(1~7は居飛車対振り飛車、8~10は相居飛車の将棋の実戦棋譜を基に整理しています)

 


1.相穴熊での角金交換はほぼイーブン

【図1-1:▽9二香 まで】※先手が永瀬さん

いま後手が▽9二香と打ったところです。ここで永瀬さんは躊躇なく▲5一角成として、角を金と刺し違えていきました。以下は▽9八香成▲同玉5一飛▲9七香と進んで 図1-2の局面です。

【図1-2:▲9七香 まで】

永瀬さんはこの局面を「先手の香得」と表現しています。実際の駒割に注目してみると、先手の「金香」と「角」の交換であり、香得では無いように見えます。

しかし、”相穴熊においては角と金の価値はほぼイーブン”と評価するのがプロのセオリーのようです。そのセオリーに当てはめると、図1-2の局面は先手が香車の丸特をしているということですから、先手が優勢な局面だと判断できるでしょう。

 


2.分かりやすさは勝ちやすさ

【図2-1:▽7七銀 まで】 ※先手が永瀬さん

図2-1は相穴熊の終盤戦です。ここから実戦は▲同桂▽同歩成▲同金▽8五桂と進みました。(図2-2)

【図2-2:▽8五桂 まで】

しかし局後の永瀬さんの検討では、図2-1から▲9八銀▽6八銀成▲同金上の進行が勝ったと評価しています。(図2-3)

【図2-3:▲6八金上 まで】

図2-3の進行が図2-2より勝った理由について、永瀬さんは2点あげています。

1点目は先手陣が上部からの攻めにしっかりとしているところです。

そしてもう1点が、▲4三香成という「わかりやすい攻めを間に合わせることを考えれば良いから」という点を指摘しています。

図2-2の局面は先手陣が薄く不安定で、しばらくは受けに徹する必要がありそうです。その場合、受け続けるか攻めに切り替えるのかという方針を、各局面で柔軟に判断しなければいけません。一方で図2-3は、▲4三香成を間に合わすという方針の軸があります。

ここで覚えておきたいのが、”わかりやすさは勝ちやすさ”だと言うことです。図2-2と図2-3の局面を機械に評価させれば、どちらも先手有利で変わらないのかもしれません。ですが、▲4三香成を間に合わすという「わかりやすい方針」がある図2-3のほうが、方針がブレにくいため人間にとっての評価値は上昇します。結果的に勝率は高くなりやすいのです。

 


3.陣形が勝る場合、隙を作って攻めさせたほうが勝ちやすい

【図3-1:▽2四歩 まで】 ※後手が永瀬さん

いま後手が▽2四歩と突いたところです。一見、▽2四歩と突く事で後手の陣形が弱体化し、仕掛けの隙を与えているようにも見えます。実戦でもこの隙を狙って▲7四歩▽同歩▲4八角と仕掛けていきました。この▽2四歩と隙を作った手について、永瀬さんは以下のように述べています。

将棋は堅い側が反動を利用してさばくものです。陣形に勝る後手は、隙を見せて攻めさせた方が勝ちやすいと思いますね。

あえて隙を作って仕掛けさせるというのは、陣形が勝っている側の常套手段です。また▽2四歩は隙を作っていると同時に、放っておくと▽2三銀からの銀冠穴熊を目指したり、▽2五歩と伸ばしておいて終盤戦に向けて玉頭にプレッシャーをかける手などを見せています。このように、何もしなければ後手陣が発展していく手を見せていることも、先手からの仕掛けを誘発している要因です。

逆に後手が隙を作らずに手待ちするとどうなるでしょうか。例えば▽2四歩に代えて隙を作らずに▽4二角としたとします。その場合は▲4八角▽8三飛▲6六角と進行します。(図3-2)

【図3-2:▲6六角 まで】

図3-2はじっくりとした展開になりました。駒が偏っている後手は、自分から手を作っていくのが難しい局面で、永瀬さん曰く"正しく指せば姿焼きコース"だそうです(笑)。このような展開を避けるために、自分から隙を作って相手に仕掛けてもらうのです。陣形が堅い囲いを使う場合、覚えておいて損はない考え方でしょう。

 


4.小駒の成り駒に追われたら上部脱出がセオリー

【図4-1:▲3二金 まで】 ※後手が永瀬さん

いま先手が▲3二金として、後手の穴熊に張り付いていったところです。ここで▽3一歩が受けの勝負手でした。▽3一歩以下は、▲同成桂▽同銀▲同金▽2二玉と進みます。(図4-2)

【図4-2:▽2二玉 まで】

この受けの手順は、”小駒の成駒に追われたときには上部脱出がセオリー”という考え方が羅針盤となった受けの手順です。手順中の▽3一歩が3一で小駒を精算するための一手で、先手の攻め駒を一段目に呼びよせることができます。そこで玉を二段目に上がれば、先手の攻めを重くすることができるので、攻めを凌げる可能性が高まります。

実戦は図4-2以下、▲4二銀▽4三飛(図4-3)と進み、先手良しだった形勢から難解な局面になりました。終盤の粘りのテクニックを身に着けるために、覚えておきたい考え方です。

【図4-3:▽4三飛 まで】

 


5.垂らした歩が成れなければ失敗

【図5-1:▲6八飛 まで】

図5-1の局面は、後手が垂らした▽4七歩がまだ成れていない局面です。しかし、図5-1から▽4八歩成は攻めが遅いため(▽2九龍~▽7七桂打のほうがスピードで勝る)、実戦では▽4八歩成が実現することはありませんでした。この展開について、永瀬さんは以下のように評価しています。

4七の歩がそのまま残る展開です。垂らした歩を成れないのであれば、それは先手がうまくやったということですね。

打って終わった駒は、将棋において最も活躍できていない駒です。優位を築いていく上で、一つの指針になってくれる考え方だと思います。

 


6.相手の持ち駒を自陣に使わせてから手を戻すのが負けないコツ

【図6-1:▽7六桂 まで】

図6-1は先手玉は薄い陣形なのに対し、後手は穴熊に囲っています。玉の安定度で劣っている先手はしばらく受けにまわる必要があり、受け切りを目指すなら▲7八金という手が浮かびます。ただ▲7八金を打つ前に、1度▲6一飛と打つのがポイントです。(図6-2)

【図6-2:▲6一飛 まで】

図6-2は次に▲8二銀成▽同銀▲8一飛成を狙っています。図6-2で▽7二金と逃げるのは▲6二銀成という好手があるため、後手は▽7二金打と受けるしかありません。金を使わせてから先述の▲7八金(図6-3)と受けにまわります。

【図6-3:▲7八金 まで】

この手順の考え方は、相手の持ち駒を自陣に使わせてから手を戻すのが負けないコツというものです。なぜなら、相手の持ち駒を減らすこと以上に相手の指し手を限定する方法はないからです。持ち駒はどこにでも使える駒です。持っているだけで人間が予測できない様々な局面を作り出すことができます。

その持ち駒を減らすということは、相手の指し手の選択肢をグッと絞れるため、読みの安定感に繋がります。ただ注意したいのは、これは自分と相手のお互いに言えることです。そのため、どちらかと言えば、形勢が優勢な側が積極的に考えたいセオリーでしょう。

 


7.劣勢な時は嫌みを残して楽をさせないことが逆転のコツ

【図7-1:▽6九角 まで】

今度は劣勢な側の考え方です。図7-1は後手が▽6九角と打った局面で、次の狙いは▽4七角成です。ここで永瀬さんは1度▲8三角と王手し、▽8二玉とさせてから▲4六金と逃げました。(図7-2)

【図7-2:▲4六金 まで】

永瀬さんは▲8三角と王手を入れたことについて、以下のように説明をしています。

自玉を見なくてよい戦いは楽です。嫌みを残して楽をさせないようにと心がけましたね。

▲8三角を入れずに単に▲4六金と逃げるのは、▽7四銀▲同歩▽5八銀(図7-3)で攻め合い負けする展開です。図7-2との違いは、後手玉が ”角や銀であれば何枚渡して問題ない" 状況であることです。つまり、自玉を気にせず持ち駒の銀や、盤上の角を使って攻めだけ考えて良い局面です。

一方で図7-2は、先手の持ち駒に銀と角があわせて2枚あれば詰む形です。後手は攻めと自玉の受けを両方考えなければなりません。相手玉のまわりに自分の駒を配置しておくことで、相手の攻めと守りの両方を考えさせることが、楽をさせない実戦的な逆転のテクニックです。 

 【図7-3:▽5八銀 まで】

ところでこのセオリーは、1つ前に記載した"相手の持駒を自陣に使わせてから手を戻すのが負けないコツ"とは相反する考え方のように見えます。確かに盤上に駒を手放すということは、その後の指し手が限定されて、変化の絶対量そのものは減ります。ですが、駒を盤上に配置することで、相手が考えなければならない要素(攻めの制約)を増やすのが狙いです。

 


8.戦う前に戦いやすい位置に玉を移動させる

【図8-1:▲8六歩 まで】 ※後手が永瀬さん

図8-1は先手が▲8六歩と打ったところです。ここから▽5二玉▲7七角▽4一玉と進みます。(図8-2)

【図8-2:▽4一玉 まで】

左辺にいた玉が右辺に"お引越し"をしました。この手順について、永瀬さんは以下のように説明をしています。

先手の陣形には玉頭に厚みがあります。その重圧を受ける6~8筋に玉を置くのは得策ではありません。角換わりの将棋でもよく出てきますが、戦う前に戦いやすい位置に玉を移動させるのは基本のセオリーです。 

これまで紹介してきたセオリーの中で、馴染みのある考え方かもしれません。しかし、少し手順を遡ってみるとプロの技が見えてきます。

【図8-3:▲7六銀 まで】

図8-3は、図8-1から数手前に遡った局面で、先手が▲7六銀と銀をあがったところです。ここで後手は▽8六歩と持ち歩をあわせていきました。(図8-4)

【図8-4:▽8六歩 まで】

既に飛車先が切れているのにも関わらず、手損承知で▽8六歩とあわせています。図8-4以下、▲同歩▽同飛▲8七金▽8二飛▲8六歩 と進み、図8-1に合流します。

【図8-1(再掲):▲8六歩 まで】

つまり後手の永瀬さんは、手損承知で意図的に先手陣を盛り上がらせたわけです。厚みのある陣形は、その厚みの筋に相手玉がいればこそ威力を発揮する陣形です。では図8-3の図面を再び見てみましょう。

【図8-3(再掲):▽4一玉 まで】

先手陣の厚みのある陣形の先にターゲットとなる相手玉はおらず、空振り感が漂っていることがわかります。この図面を想定し、あえて先手陣を盛り上がらせたのは、プロの技だと思います。

 


9.局面を打開したいときは、駒を前に進めることを考える

後手番が千日手を狙うような作戦も、最近は珍しくなくなりました。千日手狙いの戦法に対して、先手がどうやって局面を打開していくかという課題に直面することはよくあることです。

打開をしたい局面では、"局面を動かす"という言葉をよく耳にします。この"局面を動かす"とは、どういうことなのでしょうか。具体例として図9-1を見てみましょう。

【図9-1:▽5二金 まで】 ※先手が永瀬さん

いま後手が▽5二金と寄ったところです。先手の当初の方針は、局面を長引かせて持ち角を主張していく構想でした。ですが、図9-1は後手も角は手放しているものの、打った角が安定して働いており、仕掛けの隙を作らずに好型を築いています。先手番である永瀬さんとしては、局面を打開したいところです。実戦ではここで▲5五角と持ち角を合わせていきました。(図9-2)

【図9-2:▲5五角 まで】

角交換をすると同時に、先手の5六の歩が前に伸びていきます。前に進んだ駒は戦いの起点となるため、駒を前に進めることが局面を打開する具体的な手段です。

局面を打開したい時は、自分の駒を前に進めていく手を中心に検討することで、打開の手段を効率よく絞り込めるでしょう。

図9-2以下、▽同角▲同歩▽6四角▲6七金右▽7五歩▲同歩▽同角▲4九飛▽7四銀▲5六銀と進みます。(図9-3)

【図9-3:▲5六銀 まで】

膠着状態だった図9-1から、お互いの駒が前に出てきて本格的な戦いが始まっていきました。図9-3はまだまだ難解ですが、先手の狙い通りに局面を動かし、戦いに持ち込むことができました。

 


10.矢倉の▲8六歩には▽8五桂打

【図10-1:▲8六同歩 まで】 ※後手が永瀬さん

最後は具体的な指し手の紹介です。後手の▽8六歩に対し、先手が▲8六同歩とした局面です。ここで永瀬さんは▽8五桂打としました。(図10-2)

【図10-2:▽8五桂打 まで】

この▽8五桂打について、永瀬さんは以下のような見解を示しています。

自分の中では▲8六歩には▽8五桂打。谷川ー羽生戦での印象が強く残っていました。これを9四から打つと一手遅く、8五から打つから良いというイメージがあります。

ちなみに、永瀬さんがあげている谷川ー羽生戦での▽8五桂打の図面は以下です。(参考図10-1 平成2年11月 竜王戦第3局より)

【参考図10-1:▽8五桂打 まで】 

バイブルとなる具体的な寄せの手筋を覚えておくことは、その手を実現させるということを戦いの羅針盤にすることができるため、方針がブレにくくなると思います。

 


<所感>永瀬流負けない将棋について

プロの実戦棋譜を紹介した棋書はたくさん出回っています。ですが、なぜプロがその手を指したのか、その思考プロセスが読み解け、上達に繋がる書籍は意外と多くありません。

例えば具体的な変化手順だけを羅列し、その手順における考え方や説明が省略されているような書籍がそうです。これは上級者ならば問題ないですが、初心者や級位者には理解が難しいものです。個人的な意見としては、"抽象的な概念""具体的な手順""一般的な言葉によるわかりやすい解説" の3つが備わっていなければ、読者の上達に繋がる棋書とは言えないのではないかと考えています。

 

"抽象的な概念"は、状況判断や指し手選択における羅針盤となる考え方です。当記事で紹介した10個のセオリー(10個目は具体的な手順でしたが)がそれにあたります。抽象的な概念が前提となっている書籍では、その旨が書籍内で明確になっていることが望ましいです。

抽象的な概念を腹落ちするために必要なのが "具体的な手順" です。永瀬さんの実戦棋譜や変化手順がそれにあたります。概念のみ説明されても、具体的な手順がないとイメージがしにくいため、理解するのは難しいものです。

"一般的な言葉によるわかりやすい解説" とは、指し手の羅列や専門用語による説明のみにとどまっておらず、一般的に理解できる言葉を用いているかどうかです。永瀬さんの解説がそれにあたり、読者の理解を助けてくれるはずです。

 

以上の理由から、"永瀬流 負けない将棋" は読者上達の3条件を網羅していると考え、強く推薦いたします。当記事では、実戦に活かせそうなセオリーを抜粋し、永瀬さんの実戦棋譜の一部を切り取って紹介させていただきましたが、永瀬流の将棋を体感するにはぜひ本書を購読し、棋譜を並べられることをオススメします。永瀬流の将棋を体感しながら、ブレない羅針盤を身につけられてみてはいかがでしょうか。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!